2010年09月02日

399円のシンデレラB


第四章 プロローグ

 長谷寺周辺は大混雑であった。鎌倉大仏あたりから、通り沿いには駐車場が点在するが、どこも満車である。
 歩道には人があふれ、にぎやかだ。「紫陽花ソフト」という紫色のソフトクリームが売っていて、僕らはそれを食べようと固く誓いあいながらも、なかなか駐車することができなかった。
 車は京都の嵐山のような土産物屋が並ぶ街道沿いをすすみ。江ノ電の踏切を越え、海岸線にぶつかって左折し、そのうちに由比ヶ浜海岸まで来てしまった。
 結局、海沿いの地下公営駐車場に車を止め、そこから長谷寺まで歩くことにしたのである。結構な距離であるが仕方ない。
 車を所定の位置に止め、「ずいぶんお腹も空いたね」などといいながら、僕らは車を降りようとした。


 ところが、ここで事件が発覚した。
 後部座席でぐっすりと眠っていたマヤが車を降りようとして、彼女の赤いヒールの片方がないことが判明したのだ。
 車の中、どこを探してもない。
 おかしい。
 前に下車したのはどこか、という話になり、そこが保土ヶ谷PAであることに僕らは気づいた。

 時刻はすでに一時半を指していた。保土ヶ谷にいたのはもう3時間くらい前だ。まさか、と思いつつも、ユウコが偶然持っていた保土ヶ谷PAのレシートに印刷されていた電話番号に電話した。
 しばらくして、赤いヒールがPAで発見されたという。


 僕らは大爆笑した。
 ここで笑いのスイッチが入ってしまった。
 もはや、僕らを誰も止めることはできなくなった。
 見るものすべてが笑いとなり、聞くもの全てが笑いにつながった。そんな風に笑ったのは実に久しぶりだった。


 僕らは、とりあえず、靴は帰りに保土ヶ谷PAに取りに行くことにし、予定通り観光することにした。
 保土ヶ谷PAは下り方面にしかないので、マヤは靴を取りに行くことを遠慮したが、僕は取りに行くことを強固に主張した。「取りに行かなければ、この話がネタとして完成しない。」というのが、その理由であった。

 一安心したところで、マヤの靴を買うことにした。素足のシンデレラ、というのは素敵な表現だったが、さすがに裸足では車から一歩もでられない。シンデレラにふさわしい靴を買う必要があった。
 
 僕は、少し考えて、車を駐車場から出してコンビニに向かった。
 夏の湘南である。シンデレラにはビーチサンダルこそふさわしいと僕は思ったのだ。
 この辺のコンビニはビーチボールとか浮き輪なんかも売っている。そうであれば、ビーチサンダルなんかもあるに違いないと思ったのだ。少しばかり海沿いの国道を進むと、ローソンがあった。
 僕は車を止め、マヤとユウコを車を残したまま、コンビニに走った。ビーチ近くのコンビニなので、氷や浮き輪などが大量に積み上げられ、大音量でサザンオールスターズがかかっていた。
 うまい具合にシンプルなデザインのビーチサンダルがあった。色は青と赤。サイズは・・・。
 僕はマヤの足を想像したが、全く無理だった。昨夜出会ったばかりだ。足のサイズなんて知るはずもない。だいたい僕は彼女の姓さえ知らないのだ。やれやれ。
 まあ、彼女は比較的身長が高かったので、Lで大丈夫だろうと思った。値段は思ったよりずっと安く、399円しかしなかった。
 
 しかしこのサンダルはこの日のマヤの格好に、ぴったりと合っていた。
 僕は、いたく満足した。
 マヤは、ちょうどビーチサンダルが欲しいと思っていたので、とても満足した。
 ユウコは自らの友人同士が初対面にも関わらず、打ち解けたことで、すっかり満足していた。
 そんなわけで、僕ら三人はとても幸せだった。


 僕らは、その後も妙なテンションになり、終始笑いが止まらなかった。出会いやらハプニングやらリカバリーやら、旅を楽しくする要素がたっぷりと詰まっていた。
お昼はどこにしようかと、海沿いの国道を僕らは江の島に向かった。江の島への橋を渡る手前の信号で僕らは、奇妙な集団に出会った。それは柔道着を着た謎の10名程の集団であった。年齢は子供からお年寄りまで、様々なのだが、何が奇妙かと言えば、彼らが全員裸足であり、かつ一様に項垂れていたことであった。
彼らはゆっくりと歩道橋を渡り、信号待ちの僕らの前を過ぎて行った。まるで映画の「スティング」のような光景であった。僕はユウコが気をきかして彼らを仕込んでくれたのかと思ったくらいであった。
やがて信号が青に変わり、車はスタートした。僕らはほっとしたような残念なような複雑な気持ちで、昼ご飯を食べる場所を探したのであった。
 
 僕らは、その後江ノ電の停留所近くの食堂で遅めの昼食を食べた。そこは、僕が以前から目を付けていた店だった。シラス丼とか鰺のナメロウとか、にぎり寿司などをたっぷりと食べ、とても満足した気分で、僕らは長谷寺へと向かったのだ。

 
 この話にはオチがある。
 そんなかんなで、すっかり時間がかかってしまい、僕らが長谷寺に着いたとき、すでに山門は閉まっていて長谷寺の中には入れなかったのだ。
 僕らは、今日最高の大笑いをした。
 丸一日かけて、僕らは紫陽花を見るチャンスを失ったのだ。
 それでも門の前に植えられたわずかばかりの紫陽花は、いつまでも僕らを暖かく見守ってくれていて、十分に綺麗だった。
 
 そう、それは僕ら三人の友情のスタートのモニュメントだったのだ。
 僕らは来年こそ、長谷寺の紫陽花を見ようと固く誓いあった。
 
 マヤのサンダルが無くなった原因は不明だが、それはきっと、この三人の友情が少しでも長くー少なくとも来年の紫陽花までー永続させるための、ささやかな、おまじないだったのである。
 

 僕は、マヤとユウコを送り、一人帰路についた。
 僕は、自分の部屋に戻り、アンプの電源をいれ、ビリージョエルの曲をかけた。そしてイケアの一人用ソファーに身を沈め、タバコに火をつけた。
 僕は、いつもより、体が軽くなっている気がした。すっかり、あの澱もどこかに消えてしまっていたのであった。

 僕はゆっくりと起きあがり、携帯の着信履歴からガールフレンドを選んで、少し迷ってから、発信ボタンを押した。


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posted by akao at 23:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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