2010年09月02日

399円のシンデレラA

399円のシンデレラ

 そういった意味で僕はささやかな触媒に過ぎなかった。
 オリジナリティはどこにもない。
 僕の仕事には、客に商品を売りつける喜びもなければ、同業他社と競争する興奮もなかった。
 僕は、弁護士や裁判所の法律専門家とそうでない人をつなぐ便宜的な橋にすぎない。
 あるいは、自らの仕事について、一種の翻訳家なのだ、という風にも思っていた。
 弁護士の話を、現場の人間に正確に伝え、現場の話をミスリードのないように弁護士に伝える。ただそれだけのことである。
 まさに村上春樹のいう「雪かき」仕事だった。
 
 しかし、ひとつひとつの案件を解決してゆくことには十分なやりがいがあったし、幸か不幸かそのようなスタンスで働く者は、周囲には皆無であったので、僕は結果的に、かなりの裁量のある仕事をしていた。
 もちろん、上司に報告をしたり判断を仰いだりすることはあっても、想定外に僕の提案が否決されることは、まずなかった。
 また、解決困難な案件は重要な案件であることも多く、僕の名前が表にでることは決してないにせよ、会社の意思決定に深く関わっていることに十分に満足していた。

 もちろん、法律的なことで、すべての案件を解決できるわけではない。また、いくら説得しても、すんなりと納得してくれる訳ではなかった。
 皆必死なのだ。
 お互い、ニコニコしているだけではいかない。僕はそんなときでも相手が話をやめるまで付き合うことにしていた。
 あるいは、こちらにとって既知の案件で、相手の話を遮って話し始めても構わないような案件であっても、可能な限り相手の話を聞いてから、説明を始めることを常に心がけていた。
 人はプライドの固まりである。僕にとっては「よくある」案件であっても、彼らにとっては一回きりかもしれない案件なのだ。僕はなるべくその気持ちを尊重したいと思っていた。

 ずいぶん長くなったけれど、僕はそのように日々の仕事をしている。


 しかし、そんな僕にも悩みはあった。それは、常に判断を求められることへのストレスと、いつか大きな過ちを犯すかもしれないという漠然とした不安であった。そして何よりも、結局は、「紛争」という一般的には好ましくない事象を飯の種にしているという一種の罪悪感であった。それは、紛争解決を仕事としている者であれば誰もが抱える一種の原罪のようなものかもしれない。

 正確に言えば、それは悩みですらなくて、結局はこなしていくことで非凡が平凡へと変換されてゆく日常の中で(明日は常に非凡で、昨日は常に平凡である)徐々に蓄積されていく「澱」のようなものが、やはり、僕にもあるのだった。

 僕は、その澱が少しずつ蓄積されていくことに対して、どこかで救いを求めていたのかもしれない。
 その澱は、新宿から30分以内の1LDKのマンションに住み、国産のスポーツカーを所有し3000キロ事にきちんとエンジンオイルを交換し、40型テレビと400枚以上のレコードを持ち、毎晩ガールフレンドと電話をしている僕の日常をもささやかに浸食していたのだ。
 それは、ウディーアレンの映画を好み(男はつらいよ、も好きではあるが)、柄谷行人とデリダをほとんどすべて読破していても避けることは出来ないのであった。
 それはポロ・ラルフローレンのポロシャツではなくフレッド・ペリーのそれを選択し、二週間に一度アカスリに通い、毎週市民プールに通っても、まだ避けきれないものなのであった。


(場所は原宿のジャズバーに戻る)
 
 ユウコは、この金曜日の夜、原宿のママに頼まれてトラ(代役)になった。僕とマヤはそれぞれ、ユウコから「お客さんが来ないかも。だから見に来て。」とメールで頼まれたのだ。僕が店に着いたとき、ユウコはまだ一人でカウンターの中にいたのであった。
 そのうち、マヤが現れた。連れの男性と一緒であった。
 ユウコが僕にマヤを紹介してくれた。マヤはすらりと背が高く、とても賢そうな娘に見えた。年齢は22から27までのいずれであってもおかしくはなかった。基本的に若いというのはよく分かるのだけれど、どことなく落ち着いた部分もあり、ある種の貫禄さえあった。僕らは、共通の友人同士が100%やるように礼儀正しく挨拶をし、簡単にユウコとの関係を尋ねた。NGワードを出すわけにはいかないのだ。
 僕らは一つ席を空けて隣に座った。マヤは決して余計なことを言わなかったが、無口なわけではなく、不自然に陽気なわけでは無かったが、表現は的確で、話していて心地よかった。また、明るくノリがよいけれど、決して押しつけがましいところはなく、僕はマヤを素直に信頼することができた。
 要するに、マヤはとてもナチュラルな女の子であったのだ。マヤには自分の魅力にさえ気づいていないんじゃないかと思うほど飾らない美しさがあった。自分がどう思われているかどうかには全く興味がない(ように僕には見える)。
 僕はマヤに限らず、そんな女の子を見ていると、その辺に散らばっている賛辞を全てひっかき集めて、大きなお皿の上に盛りつけて、彼女の前に差し出したいという衝動に駆られることがあったが、そんな風に感じたのは実に久しぶりであった。
 マヤはそんな女の子であった。
 僕らは僕とユウコがたまたま持ってきていたiPadでエアホッケーをしたり手品の種あかしをしたりして時間を過ごした。

 時間は終電近くになってきていた。
 ユウコのトラはなかなか見事であり、店もかなり混んできて、本当のママがでてきたこともあり、僕らは遅めの夕食を食べに、原宿から新宿に、店を換えたのであった。

 そもそも僕らー僕とユウコだーは、次の土曜日に長谷寺の紫陽花を見に行くことにしていた。僕の新車で、である。
 ユウコはかなり忙しい女で、僕の新車が納車されたにもかかわらず、なかなかドライブに行くタイミングが合わなかった。僕はずっと助手席に女の子を乗せるのを我慢していた。
 そのかわり、カーナビの操作を覚えたり、ハンドリングの癖を確かめたり、ウエットティッシュを補充したりして、いくつかの週末を、やり過ごしていたのである。


 移動した新宿のイタリアンカフェで、すっかり僕らは盛り上がった。
 終電の時間も過ぎたというのに、東口のイタリアンカフェは混雑していた。若い女の香水のラストノートと、甘い汗の匂いと、グラスのぶつかり合う音と笑い声で活気に満ちあふれていた。そんな光景を見ているとまだまだ日本経済は盤石な気さえした。
 僕らはかなり飲んでいて、そんなこともあってか、誰かが言い出して僕らは翌日、皆でドライブに行くことになったのだ。


 翌日、僕らは吉祥寺で待ち合わせた。
僕は朝から熱いシャワーを浴び、酔いを醒まして、みんなのためにおいしいコーヒーを淹れて水筒に詰め、吉祥寺に向かった。
 僕は運転しながら、ユウコはともかくマヤは来なくても仕方がないと思っていた。マヤとはもう少し話したいとは思ったが、酔いが醒めて気が変わることはよくあることだ。がっかりしてはいけない。僕はそう思っていた。
 しかし、約束の吉祥寺パルコ前に車を止めたところ、予想に反して、ユウコより先にマヤが現れたので、僕はすっかり動揺してしまった。マヤはにっこりとほほえんで軽く会釈してくる。僕は素面に戻っていたので(当然だ)、一瞬愛想よく、振る舞うことが出来なかった。
 明るい日の中で見るマヤは昨夜よりずっと健康的で可愛く見えた。まったく失礼な話である。
 しかし、そのすぐ後ろにユウコの顔が見えたので僕は安心した。僕はこのときほどユウコに感謝したことはなかった。
 マヤにはこの後も終日、僕はドキドキさせられた。
 どこか彼女は無防備なのだ。それは彼女の若さかもしれないし、僕が年をとったからかもしれなかった。

 それは悪い気分ではなかった。いつもと同じ店、いつもと同じ酒、それも悪くない。
 しかし、今日のようにほぼ初対面の人といきなり遊びに行ったりすることは、さすがに30歳を過ぎたあたりから少なくなってきていた。そんな非日常の扉の向こうだけに存在する高揚感は悪い気分はしなかった。

 マヤのおかげで僕は、カーナビをセットしたにも関わらず、いきなり道を間違えた。
 吉祥寺から鎌倉である。少なくとも100回は運転している。環八を南下すればいいものを、僕は疑いもなく、北上していた。動揺にもほどがある。

 しかし、僕が動揺していたのには、実は、きちんと理由があったのだ。それはたぶん今日しにかできないであろう、日常の澱を解き放つための、一種の「おまじない」のようなものをかけるチャンスが不意に訪れようとしていたからであった。


 鎌倉への道はかなり渋滞していたが、気分は悪くなかった。
 環八と第三京浜は相変わらず渋滞していたが、天候は梅雨明け前の薄日の射す曇りだった。これならまず雨は降らないだろう。そんな天気だった。沿道の木々は文句なく生命力がみなぎり、ビワの実なんかも、よく見ると発見することができた。

 僕らは一時間ばかり走り、やっと渋滞を抜け、保土ヶ谷PAで休むことにした。
 時刻は午前10時。悪くない。一日はこれからである。
 僕らは、長いベンチに三人で座り、僕とマヤが肉まんを食べ、ユウコがアイスクリームを食べた。確かに冷たいモノが食べたくなるような夏の朝であった。
 僕は左右に女の子がいることで。すっかり楽しい気分になった。こういった言い方は申し訳ないけれど、ガールフレンドと二人きりでいるよりもある意味、贅沢な気分だった。

 保土ヶ谷PAを出発する際、乗り物に酔いやすいというマヤのために、僕は車の後部座席をフラットにして、テンピュールの枕とバーバーリーの小さな毛布を渡した。マヤは赤いヒールを脱いでフラットなシートの上に上がった。僕はそのヒールを受け取り、足下に置いた(つもりであった)。その赤いヒールだけが昨夜の余韻を残していた。            
 疲れているのか、リラックスしているのか、あるいはフロントシートの僕とユウコに気を遣っているのか、マヤは車がスタートしてまもなく、スヤスヤと眠り始めた。
 僕は車で眠る女の子は嫌いではない。むしろ寝ていてくれた方が、運転技術その他諸々について安心されている気がして、決して悪い気がしないものである。
 僕はマヤに感謝した。
 このような小道具をー枕とか毛布とかーがなかなか陽の目を見ることはないのだ。そいういったものを利用してくれただけで、僕は素直に感謝していたのである。

 そのうち、車はやっと鎌倉近辺まできた。僕らは福山雅治の歌う「プカプカ」を合唱しながら、長谷寺を目指したのであった。
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posted by akao at 23:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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